「ソラリス」スタニフワフ・レム


さて今日のレビューはスタニフワフ・レムのソラリス。最近クルーニー主演で映画にもなりましたが、もうあれ全然ダメです原作ファンには。本当にもう。全然ダメです。2回言うぐらいダメです。大体主人公がイメージじゃないんです。もっとこう、元気のなさそうな人がよかった。つかねー原作はもっとスリル満点なんですよ。難しいけどスリルはあるの。かなりの娯楽小説ですよ。ほんとに。

とにかく肝心の紹介に行きますと、主人公ケルヴィンがソラリスという惑星に着陸するところから話は始まります。ステーションについてみるとどうにも荒れ果てて様子がおかしい。しかも誰も迎えに来ず、人気も無い。ケルヴィンはそんな中でやっと一緒に仕事することになっているスナウトという男に会うことが出来ます。しかし彼は何かに脅えているようで様子もおかしく、しかも何が起こっているか話そうともしません。

ケルヴィンはいぶかしく思いながらも、生活していくうちに彼にもそれが飲み込めてきます。なんと目の前に死んだはずの恋人が現れるのです。

ちょっとネタバレしすぎた気がしますが、これが大体の話です。このソラリスという惑星には有機的な形成物である「海」が存在します。知能をもった海であることはわかっていますが、これが謎な存在で、一時期はかなり人の興味を引いたものの、今はほぼ忘れられかけているものです。その理由は理解不能だから。海は知性があるくせに、それを使おうとはしないんです。知覚はあるけど知識や好奇心というものがなく、完全に眠った知性なのです。ケルヴィンたちはこの海に振り回されることになります。

紹介しといてなんですが、凄く敷居の高い小説だと思います。まず、ソラリスの研究をたどる歴史。これがえらく長いし、難しい。でも凄く面白いとも思うんです、ここ。凄く細かい描写なのに、その姿形を想像することが出来ない。これは人が受け入れることの出来ない、大きな謎を表してると思うんです。

例えば私達がまだ外人さんにあったことがないのに、風の噂で「世界には2mくらいあって色は大理石のように真っ白、目の色も真っ青な恐ろしい人間がいるんだそうな」と聞いてもしっくりこないですよね多分。酷く恐ろしいもののように思うに違いありません。ソラリスを理解できないのもそれと一緒。みたことがないからです。見たとしたって理解できない存在なんですから。その絶望的なまでに謎な存在に胸が躍ります。

でもここ、難しいですが飛ばしても問題ないと思います。現に、これ2つ訳がでていて、私が持っているのは国書からでている「ソラリス」沼野訳なのですが、もう一つ以前に出た「ソラリスの日のもとに」というタイトルのものがあります。これはそこの部分を大方省いてしまっているのですが、私が先に読んだのはこれでした。

ソラリスにはケルヴィンのほかにスナウト、ギルヴァン、サルタリウスという科学者がいます。そしてカレラも同じようにソラリスに惑わされるわけですね。でも面白いのは、彼らが何を見ているのか、明らかにされないことです。彼らが何に怯え、何を隠そうとしているのか、それは最後までわかりません。これがまた妙にリアリティがあって怖いです。

映画ソラリスを見た人ならわかると思いますが、これには恋愛小説の要素もあります。ケルヴィンは最初は死んだ彼女を前に怯えながらも、段々彼女を愛していきます。そして彼女はまた、その存在故に自分のアイデンティティに苦しんでいます。映画の結末はどうにも安っぽかったですが、原作の結末はぐっと来ること請け合いです。

読後感は人によって様々だと思います。中途半端だとか、いやこれでいいんだとか。ネタバレにならないようにいいますと、これは多分「謎をどう扱うかの勇気」だと思います。作者自身、人類はいつか、手に負えないような謎を目にし、そうしたときどういう行動をとるか、ということをとても気にかけていた人です。宇宙に何らかのサプライズがあると本気で信じてる人なんですよ。ドリーマーですよね。数年であっさり宇宙人はいないと見切りをつけちゃった某有名監督とは大違いのピュアさです。

とにかく、サスペンスあり、恋愛アリのすごく面白いSFの大名作です。私、これがSFにはまるきっかけになり、旧訳「ソラリスの日のもとに」と新訳「ソラリス」あわせて何度も読み返しました。こんなに読み返した長編はこれだけです。高そうに見える敷居をまたいで見れば案外低いものですので、是非手にとって見てください。

作者のレムの大ファンです。ですがもう彼は故人となってしまいました。日本の新聞の扱いは酷くあっさりしたもので悲しかったです。こんなに素晴らしい作家なのに、と歯噛みしております。国書刊行会からレム・コレクションが刊行されていますが、全部でるのはいつのことかわかりません。ポーランド語がやりたい今日この頃です。

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