今回は読みたてほやほや、ジョン・アーヴィングのウォーターメソッドマン。
のっけから泌尿器科でフランス人に治療を受けている主人公、ボーガス。このシーンがまたしょっぱなから面白いんですよ…。
ボーガスはもう結構いい年で、博士号取得のため古代低地ノルウェー語というわけわかんない言語を研究しており、その研究対象は「アクセルトとグンネル」。
しかしこの男、イマイチなにに打ち込みたいのかわからず、ちっとも進まなくなり、ついにストーリーのでっち上げまでやり始めます。おまけにチンチンの病気で泌尿器科を出入りするも、はっきりした対策は見つからないまま、冒頭のフランス人の泌尿器科に勧められたのが水療法というふざけたもの。これがタイトルの元です。
彼はバツイチで、前の奥さんのボギーと、今の恋人トゥルペンの話し、あと彼がサウンド担当をしているラルフというドキュメンタリー映画監督との話しあたりがメインでしょうか。
章ごとに分かれていて、しかも時間軸もゴタゴタ、でもその分「ああ、ここはこうつながるのか」とわかって面白いです。語り口も「僕」だったり「彼」だったりして、凄く散らかった印象。でも口語体の文章はどこかピリっとしていてユーモラス、でも少し悲しい。
もう青春って年でも無いんだけど、主人公はいまいち大人になりきれず、しかもそのまま父親になってしまう。彼はその実感がわかないまま、現実から逃げるように国外に心酔していた友人・メリルを探しに行きます。
このメリルという男がまた面白くて、糖尿病なんでインシュリンをうってるんだけどこれをうちすぎて、しかたなくまた糖分をとり、そしてまたインシュリンを…の悪循環を繰り返す、まさしく主人公にぴったりの悪友。ボーガスの心にはいつもこのダメ男、メリルが理想の人物として登場します。
はっきりしたストーリーってのはないんですが、凄く面白かったです。本当にダメ人間で、別に苦しいコンプレックスがあるわけでもなんでもないんだけど、いまいち大人の世界になじめず、それなりに楽しくやってるのにやる気もなくて、何にもうちこめない、っていう主人公です。でも彼は子供と過ごしたり、色んなものを経験していくうちに少しずつなにか、目には見えないのに変わっていく。エンディングはハッピーエンドなんだけれども、彼がどうなるかはわからない。ただ妙にさわやかなボーガスの独白だけがぐっと心に残ります。
このボーガスって男はいいな、って思ったのは、彼は自分の息子に「白鯨」の創作話をするんです、船長が主人公じゃなくて鯨が主人公の。それで巨大な鯨の話をして、海を見つめながら、心の底から「このこのために鯨を出してやりたい」って思う。すべてが物語であることをわからせたくなくて。
でも結局、息子がある程度大きくなって会ったとき、ボーガスが「鯨を見た、確かに島かなんかだったかもしれないけど、水をひれで叩くばしゃって音が聞こえた」っていうんですが、子供は「やっぱり、ただのお話だよ」と答える。その時ボーガスは、この繊細かつ愛すべきダメ男は、泣きそうになってしまうんですよ…。
本当に憎めないし、誰でも心のどこかでこういう、迷惑だけど魅力的な男を求めてるんだな、と思いました。彼が冷たくされたり、酷い目にあったりすると、彼自身に責任があるのに、やっぱり気の毒に思えてしまう。そのせいか知りませんが、ボギーはあんまり好きになれませんでしたねえ…スークも…。
エンディングはさっぱりしてるんですが、とっても幸せな気持ちになれます。ボーガスの未来に幸あれ。願わくば彼の身に、飽きることの出来ない様々な出来事が起こり彼が退屈せず過ごせますように、と思ってなりません。大好きだこいつ。いやほんと、脇じゃなくて主人公がこんなに愛しい小説も少ない気がします。あと訳も素晴らしいのか、あっちこっちおかしくってたまりません。読みながら何度も笑い声がでました。サリンジャーが好きな人なんかも好きそうですね。おすすめです。
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