「死ぬときはひとりぼっち」レイ・ブラッドベリ

さて今回はブラッドベリです。まだあまりスタージョンが広まっていない頃、スタージョンとブラッドベリは同列に語られることが非常に多かった。
ブラッドベリ自身もスタージョンに対して嫉妬した、というようなことをいっていますので、確かに共通する所も多いのかもしれません。
なんで例えられるのかというと、二人ともやっぱり孤独を扱うのが非常にうまい、というか孤独に対して非常に真摯な目を向けている作家だからだと思います。ただ、スタージョンはその根底に奇想があって、ユーモラスな設定と世界観の中の孤独な人々、という書き方ですが、ブラッドベリはその背後の世界も何か、切ないノスタルジーを呼び起こすものであることが多いのではないでしょうか。私はブラッドベリに関してはそんなによんでいないので判らないのですが。

で、これはSFではないです。ハードボイルドというジャンルになっています。なってはいますが、質感は全くの別物という感じがしました。
そもそも主人公からしてイメージと違います。彼の顔の形容詞としてでてくるのが「アップルパイ」。ふとっちょです。おそらく童顔。そしてお菓子が大好き。小説家で怪奇小説を書いてますが全然売れてません。「トスカ」を聞きながら涙をこぼしてしまうような男です。

彼が探偵役となるわけですが、彼は決して証拠を組み立てて事件を推理したりはしません。直感だけ。彼の身の回りの人々が皆、事故で次々と死んでいくのですが、彼はそれが事故だとはとても信じられない。
彼の知り合う人々は皆、孤独で『変わった』人たちです。死んでいったり消えていったりしても疑問にも思われない人たち。
「カナリア売ります」の貼り紙をドアにはり、その鉛筆の線が消えるまで孤独に待ち続けた老婆、音楽が大好きで、過食症の優しい大女、老人になっても身体だけは彫刻のように美しくあることを願う男。
こうした人々の間に、死の影がおちはじめ、何かが少しずつ変わっていきます。

推理する部分があるわけではないので事件物としては全然読めません。ただとにかくノスタルジックな、ヴェニスという町(イタリアじゃなくてメキシコ)、この霧のかかった憂鬱な町にすむ、個性的な人々がとにかく面白いです。
主人公が事件が起こっていると確信し、頼りに行く刑事がいるんですが、この人がまたいいんですよ、ハードボイルドものならこの人が主人公だろっていうぐらい渋い。最初は主人公のことをうっとおしがるんですが、そのうち打ち解けて彼の話を真面目に聞くように
なっていきます。彼も実はこっそり小説を書いているんですよね。
とにかく登場人物が多くて、彼らの住んでいる環境がとてもノスタルジック。遊園地や古い映画館、張り紙が沢山貼られた寂れた昔の通りなど、なんだか古本屋に入ったときに感じるあの匂いのようなものが、行間から漂ってきます。

そして孤独。この素晴らしいタイトルが、この町に住む人々そのものを如実にあらわしています。死ぬときはひとりぼっち。そして彼らは本当にひとりぼっちで死んでいく。登場人物が魅力的なので、死んでいくたびにつらくてつらくてたまらなくなります。
そしてそれだからこそオチには正直ちょっとがっかりしました。こんな酷いことやるにしてはあんまり殺人鬼が普通すぎるんですよね。これだけはどうしても読んだ後に許せなかった。

しかし兎に角偏執的なまでに細かい繊細な描写と、登場人物の魅力、そして死ぬときはひとりぼっちというテーマそのものが、非常に素晴らしい小説でした。
ブラッドベリもいいなあ。今度は「火星年代記」を読んでみよう。

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