ロマンティック時間SF傑作選 時の娘 / 中村融編

打ち寄せる忘却のなかでも、つねにあまねく存在する彼女が―過ぎ行く歳月のすみずみに、その歳月が打ち寄せる土地の津々浦々に、時間と空間と生命そのもののいたるところに、いつでもかならず存在する愛らしい娘が―はっきりと感じられた。あたかも実際に抱きしめているようで、忘却の闇すら愛しく思える――(p287『出会いのとき巡りきて』)

あとがきによると、日本ではアメリカよりも「ロマンティック時間SF」というものが人気が高いらしいです。信じられない話ですが、ハインラインの『夏への扉』やロバート・ヤングの『たんぽぽ娘』は、むこうではオールタイムベストでは見向きもされないのだとか。
かくいう私も、恥ずかしながらこういう類の話は大好きなのです。英米で見向きもされないというのもわかるんですけどね。こういったものの多くは、それほどSF的な科学技術や理論について論じるものは少なく、「タイムスリップ」という要素自体がある意味陳腐化している今では、正直ファンタジーの部類にいれてもいいような作品も少なくはないですから。

しかし、やっぱり私がSFというジャンルの素晴らしさを感じるのは、まさにこの短編集に収められているような作品を読んだ時なんですよね。
タイムスリップやタイムパラドックスというSF的要素を用いながらも、決して人間ドラマの方を捨ててない、むしろそのフィクションの部分をひきたたせるためのSF要素で、しかもその要素のおかげで、「時を越えた愛」という一見すると陳腐にみえるものが、心躍るものに生まれ変わるんですよ。
正直SF以外のジャンルで恋愛ものというのは個人的にはつらいのですが、SFの恋愛ものはとっても好きです。
時を越えるとか、時を戻るというのはそれ自体、「夢物語」であって、そこがある種メランコリックで哀愁がつきまとうと思うんですよね。それがSF的手法で成し遂げられ、ハッピーエンドになったとしても、なにかカラっとした気持ちにはなれない、そういうよさがあると思います。

で、この作品集ですが、現在は他では読めないものばかりということでかなり豪勢、しかも選出もよくて、正面から時間を越えた愛を扱ったベタなものから、タイムパラドックスを手のひらで転がすものまで、様々なものがそろっています。
しかし基本はロマンティックSFであり、技巧にこったものであっても決して難解ということはなく、そこにはしっかりしたフィクションの面白さがあって、個人的にはとてもいい選集だと思いました。

『チャリティーのことづて』は非常にベタな時間をまたいでの少年と少女の恋物語。導入にぴったりなライトな味わいです。
『むかしをいまに』は技巧的にかなり凝っていて、どちらかというとそっちにばかり目がいってしまうかなあ。あと浅倉さんの訳がどうにも読みづらい感じがしました。
『かえりみれば』はやはりSFというよりファンタジーに近いライトな作品で、ロマンティックSFというより、コメディに近いかも。個人的にはこの作品集の中では浮いている気がしました。

『時のいたみ』は時間旅行が当たり前になった世の中で、タイムパラドックスを最小限にするために、「未来の肉体」に「現在の精神」が宿った男の話。「未来の主人公」が何かの理由で過去に戻りたいと願ったはずなのだが、「現在の主人公」にはそれが何故かが最初はわからない、というのが面白いです。
何故主人公が過去に戻らなければならなかったのか、そして何故彼の肉体は大きく変化していたのか、「未来」が「今」に変わる、全てが明らかになる瞬間は感動的で、ラストはなんとも苦々しいけれど中年の恋愛の哀愁があっていい。個人的にこれは相当お気に入りでした。

『時が新しかったころ』は読んでいるだけでわくわくする冒険物(なんといっても時代が白亜紀!)で、主人公のベタなぐらいのかっこよさやアクションも楽しいのですが、エンディングにはちょっとビックリ。結構エンタメしてる軽い作品なのですがちゃんと最後に恋愛物になっていて感心しました。読んでいて楽しかった。
表題作は読み終わってもちょっと私には1から10まで理解した自信がないタイムパラドックスもの。主人公や他の人物の行動まで全て時間や運命という規則に縛られているような、一種の不気味さも感じると同時に、まるでミステリの謎解きを読んでいるような気持ちよさもある。

『出会いの時巡りきて』は、余りにも多くの刺激的な冒険をやりすぎて人生に飽いているワイルドガイが、ある科学者と知り合い、その科学者の作った特殊な装置で時間を一瞬であちこち旅する話。
物凄く壮大で、気の遠くなる時間をいったりきたりしながら、生まれて初めて恋した「永遠の女」を捜し求めるというストーリーはこの選集に一番ふさわしい話かも。一種の神々しさを覚えるエンディングがとても印象深い。翻訳も何だかとても古めかしく美しくて、ちょっと音読してみたんですけど気持ちよかったです。あと、この主人公がいいんですよね~金髪・巨躯でゴツくて傷だらけの顔。どうもこういうベタなワイルドガイに弱いです(笑)。

『インキーに詫びる』は、すっかり音楽的才能をなくした音楽家が、過去を幻覚のようにみるようになり、その過去の謎をとくために別れた恋人に会いにいく、という話。現実を変えたりするわけではなく、過去の「記憶」を確かめるために現在に残された手がかりをさぐりながら、最後には過去が現在に現れることによって真実が明かされる、という、「事実」と「記憶」の構造が技巧的で面白い。
前書きから難解そうだとかまえていたんですが、ゆっくり読んでいれば前後関係もつかめるし、決して技法に溺れることなく、少年時代のノスタルジックで繊細な思いや、魅力的なヒロイン、そして非常に希望に満ちたエンディングなど、感動的でラストにまさにふさわしい話でした。

どれもいいんだけど、私的にいいなあと思ったのはジャック・フィニィの『台詞指導』でした。主人公は映画の台詞指導係。今撮っている映画に出演しているとびきり美人の女優に恋しているが、今その女優にあるのは映画を通して出世したいという野心ばかり。1920年代を舞台にした映画を撮るために借りた古いバスがちゃんと動くかどうか、少々の遊び心もあって、映画のスタッフが皆で乗り込み、深夜に町に繰り出すのだが、何か様子がおかしくて…。
タイムスリップの理論がしっかり語られているわけではなく、ファンタジーよりな設定ですが、全編通して古い時代へのノスタルジーと、メランコリックな雰囲気に満ちていて、凄く好きです。ラストの切なさは個人的にこの選集随一で、恋というものと時間というものを同時に悟るヒロインの心理描写がいいです。
「人はしばしば一目で恋に落ちるが、稀なのはそれに気づく人なのだ」という文章など、読みながらはっとさせられることも多くて、なんというか、これはもうある種ジャンルを越えた恋愛小説だなあと感動しましたよ。フィニィは読んだことなかったけど、コレを読んでやっぱ人気ある作家さんだけあるなあと思いました。どうも文学的な才能がこの中でもズバぬけてる気がしてなりません。

不満といえば、「これはロマンティック時間SF集だ」と銘打っているため、読みはじめると中盤辺りから少し展開がよめることでしょうか。これらの作品がもっと違うアンソロジーに入っていたらもっと楽しめた気がしてなりません。

しかし、毛色の違ったSFアンソロジーとしても、また毛色の違った恋愛小説としても、なかなかに面白い選集だと思います。
私個人は恋愛ものの小説を読んでいるというのも恥ずかしいぐらい、女っけも男っけもねえ奴なんですがそれでもロマンティックな気持ちになれましたよ。
恋人の贈り物なんかにたまに毛色の変わった本として、どうでしょう。