黒い玉・青い蛇 トーマス・オーウェン

SFをまとめて買ってしまい、読む時間がないという幸せ。やーやっぱ面白いよね、SFは…。

久々にレビュー見返してみたんですがネタバレ全開ですね(笑)。
そういう趣旨なのですが、もう少し押さえて書いてみようと思います

今回はでもSFじゃありません。ホラー。

文庫で2巻でてまして、表紙がルドンの不気味な白黒絵なのもポイント高いです。
短編集で、黒い玉の方はどちらかというと生理的な嫌悪感を覚えるもの、青い蛇の方はパンチ力はないものの、じわじわきいてくるボディブローのような不気味さがあります。どちらも短編モノでは一級の出来じゃないでしょうか。私は昔これを図書館で借りてからとりこになり、文庫になったのを知って即座に買いました。そんぐらい好き。

ホラーといってもキングのようにストーリーとして1級のキャラクター造形があるとか、クライブ・バーカーのようにグロ描写が非常にアーティスティックだとかそういう物凄い個性があるタイプではなく、どちらかというとブラック・ユーモアの短編に近い読後感です。
ただ、これがなんだか背中を撫でられるような不気味さがある。『何だかわからないから怖い』というタイプの内容で、幻想的で何処となくヨーロッパらしい重圧感と品があり、アメリカのホラーではまず味わえない空気感があります。

解説にもかいてありますが、この人の作品で興味深いのは、トランスフォームがよく出てくることです。
ホラーにおける変身はメジャーですが、この作品集における変身は、狼男の変身のように劇的なものではなく、どちらかというとカフカの「変身」に近い、比喩的なものとしてのトランスフォームです。

でも微妙に違う。あのように回りも認めている変身ではなく、その感覚は「見間違い」に非常に近いのです。

例えば、暗闇を歩いている時ふっと目に入った電柱の影に、誰か(もしくは何か)が見えた気がして、
慌ててもう一度見返す。でも、もういない。見間違いだったのか、という感覚。
それが果たして本当に見間違いだったのか?本当は何かいたんだけど、見返した途端いなくなっただけじゃないだろうか?それを確かめるすべはありません。この作品集の変身はそれに非常に近い。

例えば、ある話では、不貞を働いた娘の話をきいた父が、怒りに駆られたまま彼女に会いに電車にのります。

頭の中では、「雌犬め」と彼女を罵り、苦々しい思いでいると、個室に本当に雌犬が現れる。どこからどこまでも不愉快なその雌犬と、彼は格闘をし、窓からほおりなげてしまう。しかし、電車を降りてみると死んでいたのは彼の娘。「たいへんなあばずれだった」などと話す周囲に対して、彼は「私の娘だ…」と叫ぶけれど、周りは冷徹な顔をして、彼と娘につぶてを投げつける…。

どこで犬が娘にトランスフォームしたのか、わからないままです。そもそも本当に彼が殺したのは自分の娘だったのかともいえる。本当は娘にみえて犬かもしれない。犬に見えたのに娘だったのと同じぐらい確実な話です。どこまでもあいまいな、「何か」と「何か」の境界。

本来なら見間違えようのないものが、何かをきっかけにあっさりと敷居を飛び越え、まるで現実は幻のように「あれはなんだったのか」と一生わからない問いを主人公に残していく。これがこの作品集の怖さだと思います。

しかもその元の形には決して戻せないんだよね。幻のように見えて全て現実で、元の形には戻らないの。
それが怖いんだよなあ。夢の中で誰かが死んじゃったり、自分がどうしようもない状況に追い詰められたりするとこんな感覚に陥る気がする。

なんかヘンなたとえですが、「青い蛇」の作品群をみてると、昔大好きでよく見てた「Xファイル」思い出すんですよね。あれもなんか、結局出来事が未知のものによるものだったのかそうじゃなかったのか、わけのわかんない煙にまくようなオチで終わってた記憶があります。

あんななげっぱなしジャーマンではありませんが、この作品集は何か理解できないものを、理解するという謎解きオチなどすることなく終わらせ、それによって独特の読後感が生み出されていると思います。

ただこういうぼやぼやしたものばかりではなくて、割と直接的なものやユーモラスなものなど幅も広く、 「次の短編が読みたい!」と思わせる質の高い作品がそろっていて、ホラー小説を普段読まない人にもおすすめできると思います。

余談ですけど、私中学ぐらいのときにこれの「青い蛇」にはいってる「雌豚」読んで、無茶苦茶興奮したという恥ずかしい過去があります…。何か、すごい生々しくてエロティックなイメージがずーっとついてしまって、 書店でこの文庫見かけた時も一番によぎったのはこの短編のことでした…。
ガキのころのスケベ心、おそろしや。

1 コメント:

ichiban さんのコメント...

初めまして!
こちらの小説レビューはすごく詳しくて興味深いです。
私ももっと本を読まなきゃいけないなと思います。

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