「虎よ、虎よ!」 アルフレッド・ベスター

「あなた方は皆奇形なのです。しかしいつでも奇形だったのです。人生は奇形です。
だからこそ、それがその希望であり栄光なのです」――p422


ご無沙汰です、って毎回これだな!下の記事見たら、読みにくくてびっくりしました。改行せねば…
ちょっと印象に残ったセリフをのせてみることにしました。引用なら許される・・・はず。


今回はベスターの「虎よ、虎よ!」です。
個人的に非常に思い入れあるSFです。長編SFはあまり読まないのですが、その読まない中だとレムの「ソラリス」と同じぐらい大好きな作品。初めて読んだのは結構昔ですが、図書館で借りて文庫本に顔をくっつけんばかりにして読みました。しかしもう廃盤になっていて買えませんでした。
今はちゃんと復刊していて、久しぶりに読みたいと思ったので購入。

物語の背景は、ジョウントと呼ばれる精神感応能力が当たり前のように使えるようになった未来です。
ジョウントの発達のために犯罪は増加し、内惑星と外惑星の経済的バランスが崩れてあちこちで戦争状態となった、世紀末的な暗い世界を背景に話が始まります。


物語はある宇宙船から始まります。敵から襲撃を受け、破壊された宇宙船の中に取り残された一人の男。彼は極限の状況下の中、生きるか死ぬかぎりぎりの賭けを続けながら生存している。粗野で頭の働きは鈍いが、非常に剛健な男、彼はただ仕事をし、友人は少なく、特に人にも愛されないなんの変哲もない男だった。ただこの状況におかれるまでは。


そうして生きながらえている中、一筋の希望の光が見える。他の宇宙船が視界に現れたのだ。彼は躍り上がり、必死に閃光信号を送る。しかし、その宇宙船は彼を無視して、通り過ぎていってしまう。そのとき、彼は平凡な男であることをやめた。
「貴様は俺を見捨てたな、仇を取ってやるぞ、滅ぼしてやる。殺してやるぞ」
宇宙船への復讐に取り付かれたこの男、ガリー・フォイルが、この物語の主人公である…。

正直、こんなにレビューするのが難しい小説もあんまりないと思います。
ガリー・フォイルの復讐譚として始まるんですが、色んな要素が判明していくにつれて、フォイル自身もどんどん変化していき、物語の目的も当初の復讐から外れたものになっていく。最初読んだときも、復讐の物語をベースにした冒険ものだな、なかなか重くていい、と読み進めていっていたんですが、どんどんどんどん離れていってしまうんですよ。
兎に角、色んなアイデアが詰め込まれていて、ごった煮状態。エンターテイメントのような、SFでしかできない哲学的な物語なような、ロマンスもあるし、なんというか、ほんとごたごた。

それでも、軸がぶれているように思えないのは、やはり主人公の存在。
最初はどうしようもなく動物的だったフォイルですが、様々な経験を経て、知的な部分を備えた人間に生まれ変わります(ちょっと寂しいんですけどね、コレ)。
しかしやはりベースにあるのは復讐。彼が狂気につかれたように、復讐相手を求め続けるところだけは、どうやっても変わらない。
実は間間にロマンス的な部分もあり、読みながら、女のせいで優しい人柄になったりしたらやだなあと思ってたんですが、そんな心配は全然ありませんでした。彼は何よりも復讐。生活くささの微塵もありません。(てか、全体的にこれに出てくる女、問題多すぎてそこもグッドです。まあフォイルがあまりにもあまりな人格なせいもあるんだけど)
この、変化しつつも根底の部分は変わらない主人公の存在こそが、ごった煮のストーリーを支えていると思います。虎のような刺青をした、マッチョで暗い主人公ってほんとたまりませんよ。

なんといっても勢いが凄い。正直ちょっとトントン拍子に行き過ぎるんじゃとか、こんな主人公強くていいのかとか、疑問を抱くところもあるんですけど、そんな疑問をも無視して進んでいく、がむしゃらなフォイルの後姿についていくのに読者は必死になります。

そして、思いもしなかった展開を見せるラストにいたるときには、もう途中で読むのをやめることはできません。
復讐を求め続けてフォイルがたどり着いた所。もし最初を読んで、それからラストに飛べば、どう考えても納得いかないラストです。しかし最後までフォイルの背中を見ていると、彼が行き着く場所はここ以外にはなかったのかもしれない、と、すっと入ってきてしまう。
この430ページ前後の作品の中で、フォイルは何度も死に、生き返り、それを私はずっと見てきていた。
あの男が、あんなふうに宇宙船の中で呪詛を吐いていた男が、ここにたどり着いてきたことに、驚きを覚えると同時に、一種の安心感も覚えました。

そしてそこに来て、「もうフォイルの物語を読むことは出来ないんだ」と、キャラクターが素晴らしい小説を読むたびにかんじる、一抹の寂しさと、面白い小説を一気に読了した後のドキドキが暫く胸を離れませんでした。

正直、あまり文章がうまい作家さんではないでしょうし、今見ると古いところも少しある。それでもそんなのは些細なこと。どんな力技でも許されてしまうのです、ガリー・フォイルが主人公である限りは。

兎に角、私にとっては非常に特別な小説です。
読者を選ぶかもしれませんが、主人公に読者が振り回される快感を、是非味わって欲しいです。
あと、「サイボーグ009」をみた人なら、いかにこの作品が影響を与えているかに驚くかも。いくらなんでも、モロにパクりすぎだよ、奥歯の加速装置とか(笑)。