怪奇探偵小説名作選 9 氷川瓏集

読んだのに書評を書いてなかった。時間がやっとできたので書きます。
で、またちくまです。怪奇探偵小説シリーズは、まとめて読むのにはちょっと金がかかったり、手に入らない作家のものもあったりして、編者の日下さんはほんと、神様仏様光明優婆塞様でございます。ありがとう。

んで、その中でもダントツで無名だと思われるのがこの人、氷川瓏。私もこれで見るまで名前すら聞いたことがありませんでした。
とりあえず、書店でみかけたら冒頭の『乳母車』だけでも読んで見てください。たった3ページ。たった3ページなのに、ぞおっと背中を撫でるような読後感はなかなか味わえないです。
でもこの作品はざっと作品集みてると異例のもののようで、他は乱歩の中長編っぽい、ちょっとエロティックなミステリ風味の作品と、幽霊ものとがメインです。

表題作の『睡蓮夫人』は、普通の幽霊ものとおもいきやラストでひねりがあって、幻想と現実の境目がぼやけたところが、なんとなくふっと寒くなる読後感を持っています。江戸川乱歩的危険度(なんだこの造語)でいえば、『風原博士の奇怪な実験』がなんとも危険。性転換の実験を受けた恋人(元女)に、抱かれたい!と強く妄想し女性に性転換する男の主人公の思考回路がなんともまあ…思うか?普通。そんなことを。(ちなみにこれは2段オチになっていて読み終わった後ちょっとがっかりすること間違いなしでございます)

個人的に面白いな、と思って好きだったのは『白い蝶』。白い蝶に対して異様な恐怖を抱くことになった青年の話で、短編ながら(だからこそなのか)全編とおして緊張感と若干の狂気が感じられ、余韻を残すラストも、途中で読めるものでありながら印象的です。個人的にはこの人も乱歩と同じで、中編や長編より短編が好きだな。長くなるとなんだか中だるみして読み飛ばしてしまう。でも短編は緊張感があって、そうした文章的欠点も見えないし、中々いいです。

その長めのもののなかでも一番気に入ったのは『洞窟』。中途半端な関係を続けながら、結局恋人になれなかった昔の思い人に、偶然出会う記者の主人公。彼は結局声もかけることができず、深く二人の思い出を残す洞窟へと戻っていきますが…。

冒頭が殺人シーンで始まる、ちょっとドラマっぽい話展開と、この人の話には珍しく主人公のはっきりしない心情が描かれていて比較的目が滑らずに読めます。全体的に重たい雰囲気もあってエロティックでいいです。質でいえばこれがベストかな。

オリジナリティのようなものはあまり感じない作家さんなのですが(どこかで読んだな、って話も多い)、幻想小説とミステリの交わるところに位置するような、そんな作家さんだと思いました。ようするに乱歩。
幽霊ものは型にはまったものながら、少し時代遅れな奥ゆかしい女性の謎に満ちた雰囲気が色っぽく、基本的に未練がましかったり陰気だったりする主人公の目には、いかにも暗い色合いがにじんでそうで、なかなか魅力的です。新しいところはないけども、ある意味怪奇小説名作選を代表する作家なのかも。

批判的にいいますと、あんまり文章が巧くないなあ、ってのと、どうも色恋ざたがメインで読んでて話展開が同じなので、途中で飽きて休んでしまい、いっきに読ませる力ってのを持ってる作家さんではないなあって所ですか。あと幽霊ものは雰囲気はいいけど、怖くない。冒頭の乳母車が一番怖くて、あとは橘外男の方が幽霊ものはうまいかなあと。

個人的には日下さんのあとがきを先に読んでとても期待してたせいもあって、ちょっと期待はずれだったかな。
比べるわけじゃないのですけども、これ図書館で借りて読んだのですが読んだ後近くにあった三島由紀夫の怪奇小説集を読んだら、話のもっていき方とか、キャラクターがいきいき動く様子とかが本当に凄くて、やっぱり日本人としては日本の作家にどうしても文章力を求めちゃうよなあ、と思いました。海外文学好きで翻訳ものばかり読んでいると、あまり気にはならないのですが。とにかく目が滑らない。退屈させない。目の前に風景がはっきり現れる。
結構面白かったのでこれも購入予定です。読んだらこちらもレビューします。

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