「さくらんぼの性は」ジャネット・ウィンターソン

この人はこの作品より、「オレンジだけが果物じゃない」のほうが有名かもしれません。

あらすじを説明しにくい作品です。主人公は象をも投げ上げる大女、ドッグ・ウーマンとその拾い子、ジョーダン。本に書いてあるあらすじを見ると、まるで冒険小説みたいですが、そういうものとは全然違います。
舞台は中世で、実際の歴史人物や、歴史自体も多数出てきます。

語りはジョーダンと犬女が交互に語る一人称形式です。ジョーダンは宮廷おかかえの庭師と共に旅から旅を繰り返す、放浪の日々を送る根っからの旅人。彼は旅の途中で様々なものにあいます。例えば、人の口から出た言葉があたりかまわずただようので、それを掃除する人間がいる街。様々な理由で結婚した王子を失った12人の王女たち。旅の目的は、人目で恋に落ちた「幻の女」をさがすこと、とでもいえばいいのでしょうか。
もう一つの話、犬女の話は、彼女がまあおたずねものになりながら、ムカっぱらの立つうだつの上がらない男をかたっぱしからぶっとばす、といった感じです。

このいい加減な説明でもわかる通り、あらすじは正直胸が躍ったりするものではありません。ただ、このジョーダンのであったものたちや、心の台詞がとてもいいんです。彼は旅の行く末に、心の旅というものに気付きます。どこまでも広がっていく心の地図。地図など何の意味もないこと、人は何処にでもいけるのだということ。そういうことに気付いたとき、彼の幻の恋人を探す旅は終わるのです。
彼だけが母の孤独に気付ける唯一の人間で、また彼も孤独です。でも一人であることになんらの迷いも寂しさもなく、静かに心の中で言葉を抱き、いろいろなものを見つめることができる人だと思います。

犬女は、自分の醜さや強さ、そして寂しさをずっともっている人です。でもそれらとの付き合いがあまりに長いから、外に見せたり自分で思い返して事故憐憫に浸ることもない人。とにかく無茶なぐらいに自分の正義を絶対的に信じていて、それを通すためなら人殺しなど屁とも思わない。しかし数少ない愛するものたちにはその身体と同じようにおおきな愛で答える人。とても魅力的な人物です。

この話には実はもう一つ、驚くようなオチがあります。別のまったく別の話と交じり合うのですが、そこにきて始めて、ジョーダンの心で旅をすること、時間も「自分」ということすらもまったく意味を持たないことが、すんなりと飲み込め、本をとじるときに世界がまるで、あの真ん丸い地球の形ではなく、不定形の、つかみどころのない液体のようなものだと思えました。

「時空を旅する」というのをSF的な意味ではなく、味あわせてくれる小説です。蛇足ですが翻訳もとてもうまく、流れるような文章は声に出して読むことをお勧めします。

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